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黄金律
カテゴリ: 社会
黄金律をご存知だろうか。物体間の距離、大きさの比率が1:1.618の割合で構成されたものが、最も美しいとされる魔法の数字である。例えば絵画に於ける背景と人物像の割合であったり、往年のオードリー・ヘップバーンの顔の作りがまさしくそれだったとか、様々な事例がある。
電車内で広告ポスターが壁面に掲示されいるが、有名な俳優の大写しがよく張り出されている。綺麗だなと思う。
先日、車内の窓の上部(屋根が湾曲した部分)に数多く掲示されたポスターを少し遠目に見ていると、なんとなく見覚えのある一枚の写真が目についた。名前は知っているが、他人のような気もする。ホームに着いて電車の下り際に不意と見上げると、まさしくよく知っている女優であった。湾曲部分を変な角度で見ていたものだから、顔の縦横、特に額の部分が、狭く見え、違和感のある顔に見えたわけ。まさしく黄金律が崩れた実態であった。世の顔に自信の無い諸君、気休めだけど、黄金律に逆らって生まれたからには、その個性で勝負しよう。どうしても我慢できなければ、最近TVで有名な、美容整形外科に行くか。モデルの小雪って、綺麗は綺麗なんだが、黄金律を少し外れてる気がする。
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編集 / 2006.06.30 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
意味が違うだろうに
カテゴリ: 社会
女子学生の誘拐騒ぎで又もやマスコミが使いも使ったり「カリスマ」。
何時頃から気安く使うようになったんだろう。他人より抜きん出た特異な才能の持ち主で、周囲を圧倒し、近づきがたい雰囲気を持った人物を称する言葉だろうに。今ではぞろぞろ。髪結い職人、料理職人、パン職人、菓子職人、教師等々きりが無いくらい使われている。又言われた本人も悪い気はしないらしく、TVに出るわ、本を出すわ、のりまくり。
当方、決して正当な言葉遣いに固執はしていないが、それでも本来の意味と違う使い方が流行りだすと、つい「?」となる。そう言えば、「究極」、「至高」というのも、使われているなあ。なんだかなー。
編集 / 2006.06.29 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
皮肉か、誤訳か
カテゴリ: 社会
たまたま、今朝の朝刊を見ていたら、「日露賢人会議」なる言葉があった。以前にも確か○○賢人会議なる単語を目にしており、なんか気になる名称である。辞書を括ると
賢人:a wise man又はa sageなる英単語があり、賢人、学者、思慮深い聡明等の訳があるが、およそ、俗世間で普通の感覚で、自称にしろ他称にしろ、自ら出席する会議を賢人会議と言う感覚がわからない。
おそらく元々は、a wise manの単語を安直に、直訳したのだろう。私の持っている辞書では上記の訳しか出ていないが、詳しい辞書にはもう少し深遠な意味があるのではとも思う。もっとも、日本語訳には、魔法使い、<皮肉的に>賢人ぶった、物知り先生なるのもあり、こっちが本当の意味だったりして。なにしろ、今年3月の、「日露賢人会議」にはあの
森前総理がでているんだから。

編集 / 2006.06.28 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
度が過ぎる
カテゴリ: 社会
以前、当ブログで日銀、福井総裁を取り上げたが、最近、閉会中の国会の委員会で、個人資産公開の話まで突き進み、ついに、全資産?の中身まで公開された。
しかも、夫婦の共同資産までとは。しかし、公人の資産公開は例えば、議員、閣僚等の場合、あくまで当人名義に限定し、家族名義等は公開していないはずではなかったか。自分のことは、棚にあげ、マスコミも一緒にバッシング中の福井氏にそこまで、迫るとは。これこそ、個人情報の真っ当な保護対象ではないのか。村上ファンド絡みに関し、情報公開は必要としても、これは度が過ぎると言うものであろう。
編集 / 2006.06.28 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
おばちゃんよ
カテゴリ: 社会
どうでもいいこと何だが、以前から気に成る事がある。私は外出時バスを利用する。バス停に余裕で到着することもあれば、小走りで着くことも。回数権を機械に通し、車内へ。
ところが、10数年来、女性の乗車を見るとも無く見ていると、決まって回数券、又は小銭を入れるのに、べら棒な時間をかけている。
その手順
①バックを空ける。
②財布を取り出す。
③財布を開け回数券を取り出す。又は。財布の中の小銭入れのホックを
 外し、奥を覗き込みながら小銭をとり出す。
④ようやく機械へ。
これが、後続の客に我関係なく悠然と行う。
女性はポケットが少なく、ある程度理解はできるし、ましてや、発車間際に駆け込んだ際はやむを得ないと納得はする(我慢して)
しかし、バス停で何分か前から、バスの到着を待っているのに、これだもの。乗車の際、必要なモノはあらかじめ判っているだろうに。しかも老若を問わずなんだなこれが。たまに男もいるが、極めて珍しい。
決して、パット処理する人間が偉いとは言わないが、もう少し、社会性を気にしろよ、スーパーの安売り広告に熱をあげる1割でもいいから。
編集 / 2006.06.25 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
恥を知れ
カテゴリ: 社会
日銀総裁の行状に空いた口が塞がらない。
個人が自己責任でどういう利殖に励もうが他人がとやかく言う筋合いではないが、昔、住宅購入資金の一部にと、少ない給料、一時金を郵便局の定額に預けたことがあり、10年満期?には、約倍近くになり、喜んだことが、それこそ、はるか昔の良き時代と感傷的に思い出すが、昨今の利率は0.00・・・%。単なる貸金庫である。
お上の施策に唯諾々と従ったというより、他の手段を思いつくほど、才覚はなく、少なくとも、普通の国民として、我慢しているのが大多数であろう。しかし、国民に0.00・・・%を強いた機関の最高責任者が、わずか7年で倍以上に稼ぐとは、それは無いんじゃないか。ねたみ、嫉みが充分染み渡った気持ちで本ブログを書いているが、あの爺様は幾つだ?。70幾つだろうか、少なくとも、まともな道徳が普通だった時代に育ったはずだろう。金銭は人生に必需品ではあるが、気品高く凌ぐか
守銭奴的に凌ぐか、個人の道徳観に左右される。何処に落着点を決めようとしているのか、判らないが、一言だけ、言わせてもらう。
恥を知れ
編集 / 2006.06.22 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
言わぬが華
カテゴリ: 社会
ワールドカップの予選リーグも終盤にさしかかってきた。順当に勝ち進むチームもあれば、苦しい戦いが続くチームもあり、悲喜こごもごである。日本は苦しい。煽りに煽ったマスコミも無いものねだりを始めた。
サッカーはスポーツであるが、格闘技の部類に入るのではないだろうか。全身を使った格闘技である。無論、ルール上は手を使ったり、故意に足を使い、相手を倒すのは違反であるが、あちこちでテクニックを駆使し、戦っているのが実情である。賢く、強い者が勝つ。戦績が振るわなくなると、マスコミは読者、視聴者の代弁を装い、やれ足が止まった
あのシュートを外すなんてと身勝手な八百屋談義を始める。プロと言えども、失敗する時はある。一番悔やみ、落胆しているのは、選手である。そもそも、日本は格闘技に向いていないのではないだろうか。
東京オリンピックでオランダのヘーシンクに日本柔道が敗れた時から、力で畳に倒す柔道が全盛を迎え、腕っ節の強さだけで、世界王者に君臨する外国人選手を数多く眼にするが、日本はそれでも、あくまで技に固執してきた。それはそれで正しい。しかし、ワールドカップを見るとスポーツに徹する日本と格闘技と認識し戦うチームの差が歴然としている。しかも格闘技として戦うチームは技も素晴らしい。この差を認識しないと、ワールドカップ出場の常連国となれないだろう。しかし、高々10数年のプロサッカーの歴史の日本は3度の出場は上出来である。世界には、運つたなく国技でありながら、出場出来ない国が一杯あるのだから。選手にはご苦労さんと暖かく迎えてあげよう。
編集 / 2006.06.21 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
本当に普遍的なのか
カテゴリ: 社会 / テーマ: 政治・経済・時事問題 / ジャンル: 政治・経済
憲法改正問題が取り上げられ始めてから、左右の論客?の賑やかな事。ましてや歴史問題ともなると、際限なし。
平和、安全、生命の単語を散りばめた、一見もっともらしきご意見に隠された、真意を考えてみたい。
 そもそも平和、安全、生命(第一主義)は人類の普遍的な課題であったのだろうか。
生命を大事に安全で平和な世の中を拒むものは、一部の特異なイデオロギーを持つ者以外おるまい。しかし、時と場合により、三つの単語に優劣をつけ、営んできた人間の歴史を考えると、昨今の○○第一主義はその場しのぎの安直な考えに過ぎない。
ましてや、歴史の後解釈ほど気楽なものはない。人間のすることなど、一つ二つの単語で説明出来るほど、単純なものではない。複雑な背景、欲望が絡み合って、事象は進んでいく。それを、今風の浅知恵で暗黒時代、封建主義と斬って捨てる諸君に聴いてみたい。下克上の世の中と言われた、日本の歴史に興味はあるか?そこでは、親友や上司、部下、更には血を分けた親族すら時により、葬られた事実がある。しかし、それでも歴史上の偉人であったり、改革者と謂われ伝えられている。それを単純に生命軽視、人権蹂躙とみなすのか?
時代には時代の言葉がある。時代には時代の価値観がある。
何故に、先の大戦を今風の価値観で断罪しなければならないのか。私には、十分なボキャブラリーもなければ、知識も不十分である。しかし、一部の新聞論調には過去は全て悪く、後知恵で非難しまくり、自分の過去史すら、口をつぐんで、平気で居座っているのがある。
過去を論ずるのならば、過去の時代背景をはずしてはおかしなものになる。(もっともそれが狙いなのかも)
編集 / 2006.06.18 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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