もう右傾化と言うな
カテゴリ: 政治
自民党の加藤議員、何か落ち着かない。事あるごとに「最近の世の中は右傾化が甚だしい」と、憑き物が付いたようにそればっかり。同好の士を頼み、昔の仲間を訪れ「何とか勉強会」をしきりに立ち上げようとしている。右だ左だとあくまで相対的な物なのに、絶対的尺度であるかのごとき言動。精神的に少しどうかなと。普通の国たらんと様々な営みが世間全体が動いているのは事実。何も戦争しようとか、他国を侵略しようとかしているのではない日本人が本来の日本人たらんとしているだけだ。それが加藤氏には忌まわしい「右傾化」に見えるらしい。風体の怪しい人間による実家への放火事件も世間的には大きなニュースにならず、たいして同情の声も起きず、本人はえらくご不満のご様子。それこそ、「不徳のいたすところ」ではないのか?世間は馬鹿じゃない。加藤氏の日頃の言動に胡散臭さを感じて居ればこそであろう。もう他人、世間を右傾化の一言で括るのは止めたら?加藤氏があくまで右傾化と言い続けるならば、自らの立ち位置が左だとおのずから認めているようなもの。それとも何か?左がそんなに良いのならば、どうぞ自由に移住してくれ。北朝鮮なり、支那なり。
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編集 / 2006.12.28 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
深慮遠謀?
カテゴリ: 社会
石原都知事がオリンピック招聘に皇太子ご夫妻の参をと、声を挙げた。国際オリンピック委員会には他国の皇族もおられ、過去、英国の招致運動時にはアン王女の例もあるという。基本的には賛成だが、下馬評段階から不利が伝えられる中、宮内庁がウンというかなあ。政治活動ではないし、ご参加は問題ないが、面目、体面を重んじる役所がはたしてねえ。しかし、石原都知事の提案はある意味で、「深慮遠謀」の考えもあるのでは?いや、知事自身の成果云々ではなく、闘病中の雅子妃殿下の快癒の一助にでもなればと
編集 / 2006.12.23 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
殿、ご乱心
カテゴリ: 政治
ずーっと前からだが、ますます乱心の度が高まる隣の整形大統領。
自分の任命責任はどこえやら、前任の首相を扱き下ろすとは。ここまで来たかが感想だが、早とちりだった。今度は「無駄な時間の兵役期間」の短縮をのたまったものだ。若者にとり、兵役期間は日本人には想像もできない、過酷なものであろう。しかし、志願ではなく徴兵制を敷く韓国では、国の成り立ち、状況から生まれたものであろう。しかし広く周りの状況、条件を充分考え、期間の短縮、何れは志願制度へと国民の大多数が納得した上での大統領談話なら理解できるが、鳥目同然で尚且つ状況を聞いても理解出来ない人物の発言は、眉に唾を付けて聞く必要がありそうだ。若者の票をねらった選挙戦術であろう。しかし、ここまでいい様にいたぶられても我慢の韓国軍は、どうしたもんだろう。深夜の臨時ニュースで、政変がいつ報じられてもおかしくないのだが。


編集 / 2006.12.23 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
とうとうここまで来ちゃったか
カテゴリ: 社会
16日の読売新聞夕刊「ネット参拝是か非か」の活字が躍っている。とうとうここまで来ちゃったか!!本庁と地方の神社では見解が分かれ、本庁では頭を抱えているという。笑っちゃいけないけど、思わず笑ったよ要は神聖性をどこに置くかだと思うが、そもそも宗教は仮想空間に神の存在を示し人間何処に居ても神が見ているよと言うのが我々が幼い頃から躾けられた本質であろう。で、あれば、ネットだろうが、どこかの穴蔵だろうが、その人が有り難味を感じさえすれば、どこでもいいんじゃないかな。イスラムの教えみたいに日に何回かメッカの方角に礼拝する厳密さとは比較にならないがそれが日本人の信仰心のありようである。
編集 / 2006.12.16 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
馬鹿言ってんじゃないよ
カテゴリ: 政治
何考えてるんだ、外務省首脳は。核問題で進展あれば、限定的ながら支援もだとは。日本が何もしないわけにはいかないだと?寝ぼけるな、拉致問題を置き去りか?人道の美名のもと、どんなに悪用されてきたことか、知らないわけではないだろうが。全面的な解決なくして支援なぞ言ってくれるな、頼むから。世界から何を言われようと、無視しろ。拉致問題にけりをつけない限り、何もするな。こんなボロ発言がマスコミに載るから足元を見られるんじゃないか。ったく。
編集 / 2006.12.16 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
引かれ者の小唄
カテゴリ: 社会
堀江前ライブドア社長が外国マスコミに対し「日本は共産主義的な社会であり、一部の高級官僚が事の善悪を含め、全て決定している、私はそんな社会の被害者だ」とのたまった。よく言うよ。彼が共産主義的という根拠は何か判らないが、生産手段の共有化等古典的なマルクス主義を理解しているとは思えないのだが。
しかし、彼の言う共産主義的社会は理解しがたいが、共産主義的会社であれば、理解できる。事業目標に向かって溢れるスローガン、おおまかではあるが、日本のサラリーマン特有の団結心、旧ソ連時代の彼の地の映像が時折マスコミに流れるが、表面的には非常に似通ってはいるが、内実は違う。向こうは全体主義、こちらは限定的ではあるが自由主義。少ない資源、溢れる人間、これらどうしようもない現実の中で、より良い生活を目指すならば、ある程度の共産主義的構造はやむを得ないだろう。共産主義的会社が嫌であれば、いくらでも脱出可能。自力で生活する人間はごまんといる。自分を体制の被害者と嘯く人間は、もっと自由な国へ脱出したら?自由なんだから。もっともその前に、罪を償う義務が堀江にはあるのだが。
編集 / 2006.12.16 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
誠意を見せろ
カテゴリ: 政治
週間朝日が外国人ジャーナリスト(安文売り屋)の記事を悪用し(何しろ原文にも無い事を捏造)皇室、特に皇太子ご夫妻の皇籍離脱云々とでっち上げた記事に対する宮内庁の抗議に「誤解を与える・・・お詫びします」と逃げを図りつつある。何が誤解だ、確信犯じゃないか。ドカーンと花火を打ち上げ、世間の関心を引き付け、形勢悪しと見るや、素直に謝るどころか、誤解を与えだと?卑怯きわまりないそこで言わせてもらおう。「誠意を見せろ」。金を出せと言ってるんじゃない。これでは恐喝だ。首を出せ、これしかないだろう
編集 / 2006.12.11 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
♪イエーッ、わっかるかな?♪
カテゴリ: 政治
変則勤務で更新が滞りがちで、数少ない訪問者の皆さんにはお詫びする
さて、話題の豊富性と、切り口の鮮やかさで何時も感嘆するブログ
あんた何様?日記の12月8日で愛国心を取り上げていたので、無断ではあるが、一部引用させていただく。

そもそもなる字は日本人は多用して来たんだろうか?古典に疎く自信は無いが、せいぜい慈しむ思う思慕の情これ位ではないのかなあ。
最近はやたらと何とかが多用されるが、なんかなあ。もっとも愛と平和は最近の教育基本法改正に反対するプロ市民なる無責任団体の専用語というか、お題目とでも言う安っぽさに化けてしまったが。以下一部引用

愛国心は単純な物じゃない。 前略・・・そして、普段の生活の中で、四季の移り変わりや伝統文化に触れたりして、「日本でよかった」と誰しもが思う愛国心は、戦争中の愛国心とはまったくの別物であり、愛国心と言っても一括りできず様々な面があるのですが、・・・後略

この2つの異なる愛国心なるものの区別が、左翼的頭脳の集団には全く理解不能なんだろうと思う。いくら理路整然と説明したって一種のカルト思想には通じるはずもなく、あろうことか、ごく普通の政治思想の人間にとっても、曖昧なんだと思う。例えばこんな例えではいかがだろうか。
人間誰しも食事をする。食べた時感じる旨さはひとそれぞれであり、しかも年齢、人生経験で感じ方が違うのが当たり前ではあるが、それでも、美味しかったか?と質問すると不味くなければ美味しかった、旨かったと返事がくる。美味しい、旨いの本当の意味合いはばらばらではあるがそれでも、大差は無いと思う。
一方、大人の仲間に入ると法律上許される物に煙草と酒がある。酒はさて置いて、煙草を例に取ると、好きな人にとり、食後の一服は最大の楽しみであり、満足しつつ旨いと感じる。しかしこの煙草も最初から旨かった訳ではない。幼少のころ、火鉢で煙管をくゆらす親父が席を外した時、見よう見まねで刻み煙草を詰め、吸ったが不味いし、咳き込むし散散な目にあったことがある。勿論見つかって怒られたが、大人にならなければ煙草の旨さは判らないと親父は言い、それがどんな旨さなのか想像をふくらましたが、例の悪戯の結果もありいつしか忘れてしまっていたが、成人後なんかの折に喫煙した時、昔の親父の言葉を思い出し、これが煙草の旨さかと納得したものである。要するに、旨さといっても食物から感じる旨さと嗜好品から感じる旨さでは同じ字面であっても天と地の違いがあるということである。おそらく愛国心なる言葉も同じなんだと思う。♪わっかるかな?♪
編集 / 2006.12.10 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
何かが臭った
カテゴリ: 社会
過去、新聞広告で、割と広いスペースの文面を丹念に読み、何かおかしいなと感じつつ、後日大型詐欺事件に発展した「豊田商事事件」が記憶にある。近未来通信の大きい広告にも同じ臭いを感じつつ、気になっていたが案の定である。別に嗅覚が他人よりも優れているとは考えていないが、何かが変だった。前者は純金ペーパー商法であり、被害者には払った金額に見合う純金を現物ではなく預り証のみを渡した騙しであり、後者もやはり、被害者に現物を渡すわけではなく、単なる預り証だけであったんではないだろうか。被害者というが、見ようによっては、悪くいえば「欲の皮が突っ張ったお人よし」とでも言おうか。
しかし、素人の私がその広告の文面から何かしら胡散臭いものを感じ取ったのに(広告文面は、まともに読めば至極真っ当ではある)商売とはいえ、何の調査も無く掲載するマスコミもマスコミ。どこに目をつけてるんだ?詐欺の片棒担ぎといわれても仕方ないのでは?
編集 / 2006.12.04 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑
持たざる者のひがみ
カテゴリ: 社会
まあ、人の事だからどうでもいんだが、関西の芦屋市が400平方メートルの戸建て住宅のみ、新築を認める条例の制定に動いているという
高級住宅地(何が高級か判らないが)、東の田園調布と並び称される高級のイメージを維持するためという。ま、勝手にしたら?と思うがなんか可笑しくないか?貧乏人お断りとも言えるこの動き、地元の住民は違和感を抱かないんだろうか。何も芦屋市全てが高級住宅地というわけでもないだろう。そういえば、昔々、なんのCMか忘れたが、野沢直子「芦屋のハズレ」と揶揄するような台詞がTVから飛び出し、にやにや聞いていた記憶がよみがえる。金持ちは金持ちなりに、広く閑静な土地に家を構えるのは一向に差し支えないが、貧乏人を排除するような動きには、首を傾げざるを得ない。堅固な塀で囲まれた家々といえども、町内会はあるだろうし、それなりの地域としてのまとまりもあろう。
クラスで、劣等生を排除し、あるレベル以上の生徒ばかりを集めたって、やはりその中で、優劣はある訳で、条例が制定され、規制ぎりぎりの新築を求めたとして、上には何千平方メートルの宅地もあろう。そんなところでいじましく暮らすよりは、もっと変化にとんだ、生活臭のある宅地の方が住みやすいだろうに。ま、所詮、貧乏人のひがみか。
編集 / 2006.12.04 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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