世の中、にっちもさっちも行かなくなると、何とかさっぱりさせたい、スカッとしたいとの思いから英雄待望論が沸き起こる。福田前政権時代、曖昧な、はっきりしないその政治手法から、麻生新体制が望まれ、そのようになったが、マスコミ他あっち系には福田組み易しから在任中足を引っ張る記事、論調が少なかったのに比べ、日を追うごとに執拗な攻撃はますますエスカレート。
下らないアジだのホッケだのどうでもいいことばかりサカナに扇動記事まっしぐら。交付金問題も野党の提案は問題視せず、与党が発表すればバラマキだと。閣僚も閣僚、勝手な解釈で言うものだからあら捜し専門のマスコミにつつかれ、そのたび言い逃れ。景気対策(効果は?)の筈の交付金、今日のTVコメンテーターは麻生首相のコメントのニュアンスから、これは低所得者対策の社会保障の一種であり、そうであれば別な手段をとるべしと、これまた勝手な解釈で混乱の種をバラマキ中。
喰うに困らない連中の言いたい放題で、一時金であれ、今そこにある現金が欲しい人々を全く無視し綺麗ごとに終始。恐らく本日中(11日)には決着するんだろうが、景気対策にしろ、選挙対策にしろ自民党には危機感が欠けている。自分の党のトップが掲げた方針を粛々と実施するのがどれだけ自身に有利かの判断さえできない。
今現在、麻生氏を超える人材は自民党にはいないだろう?福田氏を引きずり落とした段階で麻生氏に賭けたわけだろう?それとも更なる人材を用意しているというのか?この混沌とした情勢を整理整頓する英雄がいるとでも思ってるのか?それこそ無いものねだりというもの。自分達がふにゃふにゃしていながら、気骨ある英雄を望んでも無理。人は氏よりも育ちと言うではないか。周りを見渡してみなよ、そんな気骨ある英雄が育つ環境かね?英雄を待望するなら先ず、自らが気骨ある振る舞いをしなければ。