北朝鮮による拉致再調査、一体、日本はどうやって検証するんだろう。犯罪の立証には警察権による肌理細かい調査が必要不可欠だが、三権分立のない独裁国家のこと、世界の常識がとおるはずもない。再調査問題が提起された時、行政以外の識者は一様に問題視したが、政府、内閣は押し切った。このまま北朝鮮にいいようにあしらわれ、幕引きとなるんだろうか。
交渉にあたる外務省、特に斎木昭隆アジア大洋州局長は相当な板ばさみに苦しんでいるのではないか?国民の大多数が拉致被害者奪還無しに数々の制裁解除に批判しているのは充分認識しているであろう。しかし、政治は国民感情と無関係とばかりの政府が結論ありきでシナリヲどおり事を進めようとしている現在、我々にどんな反対手段があるんだろうか、歯がゆい。
オリンピック会場に響きわたる君が代 へんぽんと翻る日の丸。この情景を所謂反対派はどんな気持ちで見ているんだろうか、そこだけチャンネルを切り替えたりしているんだろうか。
自国を誇る言動に対し「偏狭な民族主義」と言い放つ、へそ曲がりは苦々しい思いでいるんだろうか。日本以外の情景をどんな気持ちで受け止めているんだろうか。
自分の思想に自信があるのなら、今こそ堂々と発言したらどうだ?
連日、オリンピックの競技結果が報道されているが、ほぼ半日を過ぎた今、期待通りの成績を残した選手、そえなかった選手様々である。国の代表に選ばれ、それぞれの夢をかなうべく、様々な思いで戦地に赴いた選手に、先ずはご苦労様の一言が第一にくるべきだろう。
夢破れた選手は自分自身一番苦しんでいるはずであり、それを抉るようなコメントはブログを含むマスコミ報道は慎むべきことであろう。
夢かなった選手には大いに称賛する言葉をかけるのはいいが、敗者にもそれなりの言葉が必要だろう。
普通、やかましいと表現するのは、騒音等でうるさい時以外は、けむったい状態を指し示すことが多い。
「いやあ、うちの家族がやかましくてね」
「うちの家内がね、やかましくて」
「うちの会社規則にやかましくてね」
どれもよく使う表現であり、今回の大田大臣の発言も似たようなもの。しかし、マスコミが殊更取り上げたのは、現職閣僚の失言としてのネタが多分にあるが、やはり過去の言動、日頃の行いから来るものだろう。人徳の無さ、これに尽きるだろう。
グルジア紛争、どっちの言い分が正しいのか、不勉強で定かではない。
しかし、世の中、ハナシアイ、ハナシアイばかりでは、埒が空かないのは事実。今回の軍事行動に至るまで、そこそこ形としては、ハナシアイが持たれたものと思う。
しかし、当事者の片方は聞く耳を持たずだったのではないか?これが日本だったら、こじれたハナシアイも何とか格好つけ、「○○することで、意見の一致を見た」とかなんとか、お茶をにごすんだろうなあ。ある意味、グルジアが羨ましい。